コミュニティナースという、まだ一般にはあまり知られていない仕事をする人たちがいます。
資格でもなく、人と人との関係を育みながら、地域の中に小さな「手当て」を生み出していく取り組みです。
ときには、その価値が理解されにくいこともあります。
それでも、自分たちが信じるものを手がかりに、まずはやってみる。
その姿は、永平寺を開いた道元禅師が、まだ誰も歩いていない道を歩み始めたときのように、
どこか孤独でありながら、同時に大きな可能性を秘めた旅路にも見えます。
今回は「ぐるぐる探偵団」の街歩きイベントをきっかけに永平寺町を訪れた
株式会社tohitoの橋本さん、宮村さんにお話を伺いました。
コミュニティナースとして、いま地域の中でどのような挑戦が始まっているのか。
その実践について聞いていきます。

橋本 健太郎(はしもと けんたろう)
石川県金沢市の港町出身。大学進学を機に京都へ、その後東京・大阪で約6年間、大手人材系企業の営業職として勤務。2021年に石川県へUターンし、2024年4月より株式会社CNCに参画。現在は能美市にて、コミュニティナース兼プロジェクトマネージャーとして「スマートインクルシブシティ構想」におけるコミュニティナースの在り方を、探求・実践している。2026年3月に地元石川県でコミュニティナーシングを広げる株式会社tohitoを設立。

宮村 樹(みやむら いつき)
石川県能美生まれ金沢育ち&在住。地元金融機関へ勤務しながら副業として株式会社CNCに参画。会社員×コミュニティナースとして、組織の枠組みを超えた価値創出、複数コミュニティから生まれるウェルビーイングを探求中。2026年3月からは株式会社tohitoへ参画。
コミュニティナースとは、
資格ではなく「実践のコンセプト」
——まず、コミュニティナースについて教えてください。
橋本:「まず用語の説明からお話しすると、
コミュニティナースは資格や職業ではなく、一つのコンセプトです。
『ナース』という言葉がついているため、
看護師を想像される方も多いのですが、看護資格の有無とは関係ありません。
私たちはコミュニティナースを、地域の人たちと一緒に、
うれしい・楽しいといった体験を通じて、
心身や社会的な健康をつくっていく存在と定義しています。
そして、その関わり方や実践そのものを『コミュニティナーシング』と呼んでいます。
特徴は、『100人いたら100通り』と言われるのですが、
地域の特性や関わる人によって実践の形は本当にさまざまです。

宝島を探すように
——お二人は医療職ではないと伺いました。どのようなきっかけで、この活動に関わるようになったのでしょうか。
橋本:「僕の場合は、2024年の4月から関わり始めました。
地元は金沢の中でもかなり地縁が強い地域で、
江戸時代から続くお祭りがあったり、地域の歴史や文化を大事にしている町なんです。
僕自身も子どもの頃はおばあちゃんに育ててもらうことが多くて、
家の鍵も閉めないような環境でした。
ばあちゃんの友達がふらっと家に入ってきたり、
外で遊んでいたら近所の人に声をかけられたり。
そういう、人との距離が近い地域で育ちました。
大人になってから、自分の好きな地元で何かできないかなとふと思っていた時に、
ラジオでコミュニティナースの話を聞きました。
事業として何をしているのかは最初はよく分からなかったんですが、
地域のつながりができて、いろんな課題が解決されていくイメージはすごく持てたんです。
だから、こういう取り組みがあれば
地域は変わるかもしれない、という絵が浮かんだんですよね。」

当たり前にあるものに価値はないのか?
宮村:「僕は社会人大学院にいた時、新規事業を考える機会がありました。
最初は“かっこいいビジネス”をやろうと思っていたんです。
どこにマーケットがあって、どれくらい収益が見込めるのか。そんなことを中心に考えていました。
でもゼミの先生と対話する中で、
『本気で続けるには、自分のバックグラウンドがないと続かないよね』という話になったんです。
そこでこれまでの自分を振り返ったとき、
野球をやっていたことや、小学校をいくつか変わった経験も含めて、
自分はずっとコミュニティに助けられてきたんだなと思いました。
人の縁やつながりは、当たり前のように見えるけれど、本当はとても価値がある。
でも、その価値がちゃんと価値として扱われていない。そこがすごくもったいないと思ったんです。
だから僕は、コミュニティを“価値化”したいと思いました。
そんな時に、これもラジオがきっかけでコミュニティナースを知りました。
言っていることはすごく分かる。でも、具体的に何をしているのかは分からない。
その『何をしているのかを見てみたい』と思ったのが最初でした。」

宝島までの行き先を示す、丁寧な地図はないのかもしれません。
もしかしたら、本当は宝島など存在しないのかもしれません。
そんな挑戦は無駄だと切り捨てられることもあるでしょう。
それでも、自分たちが信じるものを手がかりに、まずはやってみる。
お二人の話を聞いていると、そんな勇気こそが、新しい取り組みの出発点なのかもしれないと感じました。
——最初は「よく分からない」と感じていたものが、実際に関わる中でどのように見えてきたのでしょうか。
宮村:「最初は、価値は分かるけれど、
具体的に何をしているのかが見えない、という感覚でした。
でも能美に関わるようになって、
“複数のコミュニティがあること”の大切さを実感しました。
会社のコミュニティと、能美のコミュニティ、
その両方があるときは心のバランスが良かったんです。
忙しくなって能美に行けない時期が続いたとき、
一つに偏ってしまい、メンタル的にもかなり崩れそうになりました。
その経験から、コミュニティは一つではなく、二つ、三つと複数あることが大事なんだと感じました。
そして、それを自分だけでなく、周りにも広げていきたいと思うようになりました。」
さあ、持ち寄ろう。あなたの得意と私の得意。
——実際の現場では、どんな場面でその価値を感じましたか。
橋本:「僕が大事だと思っているのは、
その人が“何をしたいか”“何が得意か”を汲み取って、
その人が発揮しやすい場を整えることです。
例えば、料理が得意なおばあちゃんがいたら、
その人が自然にそれを持ち寄れる場をつくる。
すると、その姿を見て『私もこれできるよ』と別の人が動き出す。
そうやって小さな成功体験が積み重なると、
やがて地域の文化祭のような大きな場でも力を発揮できるようになる。
コミュニティナースがしているのは、
その人の思いや得意を受け取り、発揮しやすい場を整え、
その広がりを次につなげていくことなのだと思います。」

いま、「価値」という言葉は、経済合理性や、経済に変換できる力と
ほぼ同じ意味として扱われているのかもしれません。
では、いまこれを読んでいるあなたには、どんな価値があるのでしょうか。
目に見えにくいから価値がないのではなく、本来、価値はもっと多様であっていい。
お二人の取り組みは、そんな問いに向き合っているように感じられました。
もしも、価値の銀行があったなら。
——能美市ならではの特徴はありますか。
橋本:「能美では、場の中で自然に役割が生まれていく感じがあると思っています。
例えばそば打ちの場でも、最初から役割を決めているわけではありません。
でも、そばを打つ人がいて、場を進める人がいて、
食べに来る人がいて、片付けをする人がいて、それぞれが自然と何かを担っている。
大事なのは、“やらされている”感じではないことなんです。
『手伝ってください』と言われて義務で動くのではなく、
自然に体が動いて関わっている。そうすると、
その人自身が『ここにいていいんだ』と感じられるようになる。
受け取るだけでも、与えるだけでもなく、
自分も手を動かして場の一部になっている。そういう感覚が、関係性をつくっているのだと思います。」

もしかしたら、何かに挑戦するときに本当に必要なのは、
銀行からの融資ではなく、隣にいる誰かの応援や、ほんの少しの支えなのかもしれません。
目指しているのは、「助けて」と言える場が広がること
——これから、どんなことに挑戦していきたいですか。
橋本:「一言で言えば、コミュニティナーシングを発揮し続け、
能美市から他の地域にもゆっくりと広げていける会社でありたいと思っています。
100人いれば100通りの形があります。
地域の中で人の思いや役割が発揮され、それが次につながっていく。
そういう循環がコミュニティナーシングというあり方を通して広がっていてほしいと思っています。
能美の中でもまだ広がっていないし、能美以外にも広げていきたい。
企業が短期的な経済合理性だけでなく、こういう地域の場に投資していく状態がつくれたら、
とても意味があると思います。個人的には、3年後くらいには若い人が事業を任され、
推進している状態をつくりたい。若い人が地域で相互扶助の関係性をつくっていくことが、
地域の有機にもなると思うんです。」

宮村:「僕は、気軽に『助けて』と言える
存在や場があることが大事だと思っています。
それが自分自身の心の安定にもつながるし、お互いに助け合える状態そのものがいいなと思うんです。
それが能美だけでなく、金沢や北陸全体にも少しずつ広がっていったらいい。
急に大きく広がるというより、人づてに、本来の価値のまま伝わっていくのがいいと思っています。
僕自身も会社員として働きながら地域に出ていますが、
会社という枠組みの外でも人は価値を発揮できる。そういう場があることを、
一つの選択肢として伝えていきたいですね。」

経済的な考え方で価値を捉えると、
価値とは何かと何かを比べたときに生まれる「差」だと言われます。
けれど、人と人の関係の中で生まれる価値は、少し違うのかもしれません。
あなたにできることと、私にできること。
その違いがあるからこそ、人と人のあいだに関係が生まれ、そこに価値が育っていく。
だからこそ、私たちはそれぞれ必要な存在なのだと思います。
そして、そのあいだに生まれる価値は、きっと毎回同じではありません。
人の数だけ、価値は生まれる。
まるで八百万の神のように、無数に。
それこそが、価値の多様性なのではないでしょうか。
お二人のお話から、価値が生まれていく楽しさを感じました。
手当てが巡るまち

経済の中で価値と向き合っていると、
人間はときどき数字というマジックに惑わされてしまいます。
たとえば、マグロのトロ。
かつては捨てられていた部位でした。
いまでは高級部位として扱われています。
実態は変わっていません。
変わったのは、私たちの捉え方です。
価値とは、物質そのものではなく、
人と人のあいだに生まれる共通認識によって変化していくものなのかもしれません。
もし「手当てが巡るまち」が生まれたとしたら。
そこにはきっと、経済合理性だけでは測れない、
たくさんの価値が生まれているはずです。
そんな宝島のような街の景色を、
少し見てみたくはありませんか。
私は、とても見てみたいと思いました。
株式会社tohitoのみなさんと同じように、
ZEN AIR EIHEIJIでも、地域にある文化や芸術といった目に見えない価値を、
次の世代へつなげる挑戦を行っています。
一緒に、その挑戦をのぞいてみませんか。
イベント情報などは、お気軽にお問い合わせください。

